ことばについて。

ことばを発することは何て恐ろしい。それで全てが変わってしまうことがある。人を殺すほどの凶器にもなり得る。でもそれが実感としてわかることは少ない。これを読んで下さってるあなたはきっと大丈夫です。わたしよりTwitterでのつぶやき数、少ないでしょう?

冗談はさて置き。ことばについて。
こわいものだけれど、人を慰め、励ませるもの、元気をあげられるもの、力づけ応援できるもの。それも結局ことばから。だから書こうと思う。

でもわたしが操るとき、ことばは余りにも無力。発することすらできないときの方が多い。それでも。猫のようにじっとそばに居てあげることはできないから。ことばで出会ったから、書いてみます。

お友達の猫ちゃんが、先に旅立っていきました。わたしの記事のlike☆のところに、ちょこんと欠伸していた猫ちゃんです。

わたしはアビちゃんに直接会ったことはないし、飼い主であるあびさんとも、すれ違ったことがあるだけ。
ただ、毎朝あびさんの話すことやBlogを読んだり、3歳の次男と動画を見たりしていました。

わたしと、息子2人は猫アレルギーがあり、長時間触ったり同じ空間にいることができません。でも、特に次男は猫ちゃんが本当に大好き。好きなアプリは猫いじり。近所の公園に、触れない猫を眺めに行きます。アビちゃんがカリカリを食べる動画が好きでした。悪いママは、iPhone4を取り返すために、猫いじりのアプリの猫ちゃんを、これもアビちゃんだよ、と言って3Gを渡してしまいました。

アビちゃん、と発音するのは次男には難しく、あみちゃん、あみちゃん。これが、会ったことのないアビちゃんとの思い出。

あびさんとの16年の歳月を想うとき、わたしはそんなに長く一緒にいた誰かをなくしたことはなく、わたしが発することば全てが無意味に感じます。何も言えない。ただ、今は共に泣いて、アビちゃんの聴いていたモーツァルトを聴いていたい。そして、あびさんとアビちゃんとの間に流れていた空気を想像して感じていたい。

新たなアビちゃんの動画は見ることができなくなってしまいました。思い出はなくならないとわかっていても、彼の一部が先に逝ってしまったことに、また涙が止まらなくなる。

泣いているわたしに、フォロワーさんが教えてくれました。可愛がられていたペットは、虹の橋のたもとで、飼い主が来るのを待っているんだって。こちらの世界の時間なんて、あちらではすぐだよ。

ことばについては、もう一つ思っていることがあります。
涙が止まってから、次回に。

*シェアしてくださるとうれしいです*

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

*フォローしてくださるとよろこびます*

*コメント*

  1. […] This post was mentioned on Twitter by 鈍がめ, ken, plara, tar7373, R_atmark and others. R_atmark said: ★yayoko314: ことばについて。 http://bit.ly/bhYuFG […]

*コメントをどうぞ*

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です