ピアノのせんせい。

自分の発表会も、生徒の発表会も済んで、少し落ち着いてきたこの頃。まだ今月伴奏の本番が控えていますが、少し追われる生活から解放されました。

土壇場で追われるのは、普段の取り組み方のせい。今回はまわりの協力もあり、なんとか乗り切ることができましたが、引き受けてしまった甘い私を自分で訓練しつつ管理する方法を探る必要を感じました。

元から怠惰な性格で、気にはしながらも伸ばし伸ばしにしてしまい、いつもギリギリ。ソロピアノはそれでも毎回奇跡の追い込みで暗譜までこぎつけますが、諸先輩方を見ていますと、焦り出すタイミングが物凄く早い。

ソロは誰に迷惑がかかるわけではないので、余計適当にこなしてしまうわけですが(コラ)仕事はそうはいきません。幼い子供がいながらですので、生徒がいなくなったらやめよう、といつも考えていましたし、口コミで広まる世界なので1人失敗して口コミが広がれば生徒がいなくなる可能性もあるわけで、常に終わりが頭にありながら仕事をしていました。

いつでも休めるように、また、はじめに習いたいと声をかけて下さったのが、お友達の子供さんでしたのでかなりお安く設定したせいもあり、記憶や少しのメモで管理するには難しい人数が習いに来て下さるようになりました。さすがに覚悟を決めないと。

今の時代、私が盲目的に先生に従っていた昔とは違い、ピアノの主従関係も随分変わってきています。

・・・何だかごちゃごちゃ言い過ぎてめんどくさくなってきました。アプリが落ちて半分消えてしまいましたし。つまり、情報、金銭管理の徹底と、先読み、計画を立てるための過去から現在の進度の把握とその蓄積、などなど、働いていれば当たり前のことなのでしょうが、難しい仕事などしたことのない私には、もっと効率良くできるように工夫する必要が出てきました。

ピアノの先生などには、生活感を出さないようにしなくてはいけないとか、お金を直接触ったりしないとか(笑)不思議な感覚を教えられたりもしましたが、庶民の先生であるわたしは、そんなことを言っている場合ではなくなりました。

と、ここまでは何のため。殆どは習いに来られている生徒のためではないのです。親御さんへのアピール。
こどもは私を信用し、また、時には好きなように、弾きたいように弾くのです。いくら段取りを組んで将来の計画を立てても、弱いところ、好きな曲、気分、によってその都度変えていくものです。ピアノは続けてこそ。いくら上手に弾けても辞めてしまった時点で退化が始まる。いつか辞めるときが来る。最大に退化したとしても、ふと思い出したときに、楽しんで好きな曲の譜が読め、思い出した曲がゆっくりでも弾けるレベルまで持っていってあげたい。それを考えると、続けさせるのは親。親御さんへのアピールも、まわりまわって生徒のためになる。と思うのです。
なぜわざわざ書いたのかと言うと、怠け者のわたしにはっぱをかけ、続けるために。これから少しずつ、始めていきます。もちろん、iPhoneを使って。

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*コメント*

  1. てるぺん より:

    ソロコンや発表会などお疲れ様でした。
    私もそうですが、切羽詰らないと集中力が高まらないのはなかなかなおんないですよね。
    でも、それはそれで忙しいながらも充実感があって良いんじゃないかなぁと思ったりもしてます。

    私のサックスの先生をみていて思いますが、ピアノの先生も大変だと思います。

    やよこさんは良い先生だとおもいますよ。
    きちんと生徒さんのことを思ってます。

    焦らないでこれからも末長く頑張ってくださいね。


    生徒さんのことを思いすぎると

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