60年前のラブレター。





”愛するといふ事は何事も為し得る事である”アントン.チェホフ





祖母は昔の人なので、物を捨てることができず何もかも置いたまま、認知症になってしまいました。一人で暮らすことはできないので、家を引き払うことになり、私と母で要る捨てる物を選別しに行ってきました。広い家ではなく、狭い団地なのですぐ済みそうなものが、意外と収納がたくさんあったので、もう少しかかりそうです。

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祖父と祖母は、今思えば裕福ではなかったのに、私には良くしてくれました。祖父は私が小学生のうちに亡くなりましたが、よく三ノ宮の三田屋さんや、長田の大正筋というところにある、ビフテキ屋さんに連れて行ってくれました。私はピアノを近所ではなく、三ノ宮まで習いに行っていました。よく教室のビルを出るとスーツ姿の祖父が立っていて、そのまま私だけ三田屋さんに連れて行ってもらいました。



私は、私だけ連れて行ってもらうのは申し訳なく、よく祖父に、かーさんに電話してみて、とお願いしていました。祖父はそのたびに、かーさんのおとーさんはじーちゃんやから、と説明してくれていましたが、イマイチピンと来ていなかったので、私はよっぽど母が怖かったのと、相当バカだったのでしょう。二人兄弟というのはそんなもので、いつも弟の分もないと落ち着かないのです。ま、お肉が来れば全部美味しそうに食べるわけですが。



祖母の家には、私がお風呂で遊んでいたおもちゃがまだそのままあったり、私が使っていたお茶碗もそのままありました。







使えそうな物はほとんどありませんでした。着物くらいなら良いものがあるのでしょうが、全く体型も身長も違うので、服関係は全部駄目でした。大事な物が2つ、電話の上の棚に閉まってあるというので、椅子にのぼって重いものを引きずってみると、練炭火鉢が2つ出てきました。もう笑うしかない。錆びたトランペット。あとは大量の紙。写真や日記の類い。何せ何もかも置いてあって開けるたびにほこりっぽいので、みなさんにはぜひ断捨離をおすすめしたい。わたしも決意しました。人間何が起こるかわからない。



タンスの上の箱から、大量の手紙が出てきて、2箱にいっぱい詰め込まれていたので見ると、ほぼ全てラブレターでした。ここで、亡くなった祖父との愛のなんちゃらとか期待したあなたはまだまだ甘い。祖父からの手紙なんて無くて、全然知らない方なのはともかくも、差出人が一人じゃない!!半端ないぜばあちゃん・・・。今どらえもんみたいな体型なのにきっと若い頃は小さくて可愛かったのね・・・。冒頭の文も、その手紙の冒頭から拝借しました。



「今朝は静かに考えました。民主主義の世の中なのにどうして僕たちのような小さな自由が許されないのかと、うらめしく封建主義がまだまだぬ強くはびこって居ると・・・」

「色々と考え悩みました、この事に直面して貴女を深く深く愛して居る事を知りました」

「私の心は自信が必要と思はぬ限り、消極で人に働きかけようとしない、だから満州にもたったひとり、逃避してしまつた、」

「何の誘惑にも負けず、心身共に順良の・・をひそかに誇りに思ってゐる。いやな過ぎた事をさらけだして私は君の前に白紙でありたい」





めくっていたら咳が出るのでこのへんにしておきます。きっとこの方たちがご存命である確率はほとんどありませんので、失礼ながら読ませていただきました。モテたって武勇伝は本当だったのね。モテたけど一番貧乏人と結婚したんだ、というのも本当でした。

でも今いる施設で、好みのタイプの男性、みんなおじーちゃんみたいなタイプ。ちなみに施設には男性はほとんどいないので、もちろん職員さん。背が高くて眼鏡をかけていて、あんまりしゃべらない人でしょ?わたしでももうわかるよ(笑)。

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