もしもピアノが弾けたなら

もしもピアノが弾けたなら


不幸のどん底に落ちるだろう



なんて歌詞ではないはず。

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実はその先は知らなくて、でもきっとプラスのことが書いてあるのでしょう。


ピアノが弾けるという定義が曖昧で、だからわたしはピアノが弾けると思ったことがあまりありません。



メリーさんの羊かねこふんじゃったしか弾けなくても、弾けると自分で言ってしまえば弾けることになるわけで…。




ピアノというのはだいたいは、先生に習うもので、弾けたと思ってもダメ出しされ、その先生によし行け!と押し出され本番を迎えても、コンディションその他、気分によっても演奏は変わり、毎回、


まあまあかな……。もしくはあかんかったぁ…(´・ω・` )




という繰り返しです。



ある程度技術の向上は期待され、テストもあったりし、受かったりするのでそれなりに弾ける方なのだとわかったりしますが、それはそれだけの話で、年齢や人生経験で、音色は変わる上に、本番は水物で一度きり。



結局は、自分が納得しないとダメなのだなと思うと、それはきっとあり得ない気がするので、ピアノを続けるということは割とドMなことなのかもしれません。




それは、何かが出来たらいいな、と思っていることに共通することでしょうか。

あんなに早く走れるといいな、あんなに高く跳べるといいな。



そしたら……。




そしたら、どう?



何が出来ても出来なくても、わたしはわたし。




出来てよかったなと思う時、それは誰かの役に立ったとき。人間はそういう風にできているみたい。






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