靴が欲しい。

 
 そこはわたしも人間なので、足は2本しかない。2本しかないように見えて、本当に2本しかない。しかしながら、たとえ今足が10本に増えたとしても困らない。そろそろ下駄箱に、1足を重ねて入れる収納が欲しくなりそう。捨てればいいのよ捨てれば。



ま、靴も服もアクセサリーもすべて魅惑的であることは間違いないけれど、靴は直接怪我をしたり、歩きにくさや姿勢のよさにつながる分、正当化に繋がる。というのも、不相応のオシャレをすることに罪悪感があるからです。突然のですます調。
いやでも見た目大事やで。せんせいやからね!!最近は、せんせーっていうのが生徒がわたしに付けたあだ名じゃないのかと思えてきたけれども。とにもかくにも、服はとてもお安く組み合わせができるようになりましたが、靴はなかなか信用できず。

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ここ半年あまりずっと眺めているのがこちら

ずーーーーーーっとお気に入りに入れている間に、オペラシューズとやらも誰も履かなくなるんじゃないかというくらい眺めております。
それが!!2週間くらい前から突然の値引き・・・なに・・・何が起きたの・・・
わたしムカデなのかしら。

靴を集める心理として、かなりおそろしいものが出てくる。愛に飢えているとか、男性が銃などを集めるのと反対の意味だとか。靴を収集し、あまり履かずに眺めている人もいるらしく、それはそれで、心理的に問題があろうと、その人に余裕があり楽しければ結構だと思う。自分ははたしてどういう理由だと思い考えてみた。

人はずっと鏡を見て生きているわけではない。普段は、だいたい自分自身の姿というのは、想像で生きている。たとえば、化粧後の一瞬、鏡で見た姿。でも本当は、外の光というのは色んな角度から当たり、表情はめまぐるしく変わり、姿勢やその他で全然違う姿で見られている。1日外にいて、鏡を見ないと、大変なことになっているときがある。ま、他人から見れば時間が経って化粧が落ちていようが、たいして変わらないのだが。

でも、その想像の中で生きるしか、正直堂々と外を歩いたりできない。これはわたしのおかしな美意識かもしれない。現実を認識すると、ずっと下を向いて生きるしかなくなり、数年間ずっと、まっすぐ前を見て歩くことができなかった。変に自分に厳しい。ちゅうに?

ま、結局自分が見るもののなかで、1番目に入るのが靴なのだ。という理由でどうよ。

内緒だけど、ほんまは財布もほしいねん。破れてきててさ。ふふ。

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