ブログ「東京散歩ぽ」のご夫婦に会って感動について考えた

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 世の中にはいい話というのが溢れていて、特にインターネットの世界では毎日のように、数分で感動する話が流れてくる。最近はあまり見ることはないが、基本ソースを確かめることもせず、素直にというかチープに感動することにしている。

感動にも慣れきって、誰かがそんなことを言うこともあるだろうなぁと冷めた目で流したり、どこまで本当かわからないせいで、うまく作るもんだと感心することもある。



感動というのは、音楽が瞬間芸術というのと似ていて、瞬間のきらめきである。いつまでも感動が続くことはない。
醒めたことを言うと、いつもどこかで誰かが生きたり死んだりし、誰かと触れ合いすれ違い、話し、勘違いしているのだから、いつもどこかで常に瞬間的に、感動は生まれているはず。だからそれほど貴重なものではないかもしれない。



しかし、感動が続くならばどうだろう。



感動する瞬間は、ほんとうに一瞬であるのは確かだけれど、その瞬間が何度も訪れ、静かに繋がっていくことがある。それは一気に涙するような感動ではなく、じんわり、素敵だなぁと長くみつめていられる感動である。感動の定義から外れるかもしれないが、私はそれも感動と呼びたい。


「東京散歩ぽ」というブログがある。一見普通のブログである。私は関西の人間で、そこから旅行以外で出たことはない。東京にも数回行ったことがあるだけなので、地名や駅名を見ても、全然ピンとこない。名前は知っていても、とりあえず全部都会なんじゃないのくらいの認識しかない。

私ほど物を知らない人も珍しいと思うけれど、「東京散歩ぽ」の奥様も、はじめはそんな感じではなかったかと想像する。
「東京散歩ぽ」は、大阪出身で、東京へ出てきて土地カンのない奥様のために、東京の各地を散歩し作られたブログだと聞いた。そこにひとつの愛を見つけて、私は素直に感動した。


先日行われたブロガーズフェスティバルで、スタッフとして受付をされていたお二人に会うことができた。実際にお会いすると、とてもとても、すぐそこに、見える感動があった。それは、お二人に会った人にはわかると思うとしか言えない。





奥様は、東京が少しでも好きになっただろうか?





私は東京のことはわからないけれど、そう願っている。夫婦はいろいろある。そんなこと誰だって知っている。しかし、「東京散歩ぽ」が更新される限り、私の感動も続いていく。




「東京散歩ぽ」

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