乗り移るもの。「望郷」を読んだら。

 

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昨日の「旅のラゴス」を読んだら。を書いたとき、ちょうど、望郷の中の「海の星」を読んだあとでした。


人が考えごとをしていたり、妄想していたりすると、だいたい目を見ればわかります。
本を読むと、その世界が目の前で動きだし、ちょうど映画を見るように、語り手と一体になることができます。目は文字を追いながら、きっとわたしの目は泳いでいることでしょう。

読んだ後もしばらく、そのままその人のまま生きていたり、考えごとがその口調になったりします。時代ものを読むと、〜だったかもしれぬ。とか頭の中で考えていたりして、自分で考えているのか、自分が考えさせられているのか、わからないようなときもあります。口で話すぶんには、影響を受けることはありませんが、こうして文字を打つと、頭の中の文字がダイレクトにあらわれるので、読んだ本の影響がまともに出てしまいます。

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小学生の頃、読書の時間が設けられていたりすると、現実に戻ってこられなくて、学校生活はかなり苦労しました。時間さえあれば本を読んでいたために、かなりぼーっとした子どもでありました。


「海の星」は、なんとか大賞をとったそうで、とても素敵なお話でした。おかげですっかり頭の中が小学生男子のまま、昨日のブログを書いてしまったのです。私が書いていながら、私が考えて書いているのかは、私もわかりません。私以外私じゃないのどころか、私も私じゃない気がしてきます。これが言いたかっただけです。


小説は、知らない世界と知らない価値観へ、私を連れて行ってくれます。それは実体験にはもちろんかなわないかもしれませんが、じゅうぶんに下地を作ってくれます。

このたび私は、島へ旅立ってきました。「海の星」が見られる島に生きる人たちは、今でも私の中で懸命に生きています。いつか、この舞台である島へ行くことがあったなら、わたしはきっと、いくつかの人生をそこで送ったかのような、懐かしい気持ちがすることでしょう。本を読まなければ、考えることも思うこともなかった気持ちを味わうことができることは、小説の醍醐味だと思います。

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